ファンとサポーター

Jリーグ開幕当初は、ゴール裏の応援団が「サポーター」座席で観戦してる人達が「ファン」
そんな風に区別していました。
Jリーグが3年目になる頃、自分はひとつのクラブを好きになって時々スタジアムに行く様になり、どんな人でも「サポーター」って感じだったが、自由席の一番端っこで、周囲が応援したら応援、周囲が座った着席、周囲がブーインしたらブーイング「俺はファンだな」と思ってて、それで良いと思ってた。1995~1998までこんな感じだった。
1999のJ2降格で「サポーター」が大きく取り上げられた。ドーハの悲劇の代表サポーターを思い出した。

2000は観戦の視点を変えメインの椅子に座って「ゴール裏」を見るようにした。
ホームゲームだけではなく東北地方のアウェイにも行き、今までより沢山スタジアムに行った。とにかく「サポーター」に物凄く興味があった。
様々な光景を見た。最後はたまたまだったのかも知れないけど、クラブを地獄から引き上げ様としたサポーターの応援は凄まじかった。

2001俺は「サポーター」になると決めた。
「隣のやつには負けるな」って事はよく耳にする、あとは何もわからない、とにかくやろう
作ったばかりのゲート旗を掲げたら「見えねぇ」って背中を蹴られた。
つい試合を見入ってしまったら「水」「ジュース」をぶっ掛けられた。
それでもシーズン終る頃には「せーいち!」って呼んでくれる仲間ができた。

2002「ウルトラ」と言う言葉を耳にする
どんなに一生懸命応援しても「やってない」「認めない」それしか言われない。挨拶しても殆どシカトされる
色々有った年だったが無我夢中でやってるうちに「やってほしい」「這い上がってほしい」「共に戦える仲間がほしい」に聞こえて来るようになった
シーズン終る頃は、俺はサポーターなんだと自負してた。

2003自分は「ウルトラ」だと過信する様になった
応援しない一般サポーターに、容赦なく水をぶっかけ、頭に来た時はペットボトルごと投げ付けたりした
立場や付き合う仲間がずいぶん変わった。いま思えば、自分がおかしな方向に進み始めたシーズンだった

2004以降
前が見えていなかったのに、前へ進むしかなかった
自分はいつまでたってもグラブのホームタウンに興味を持てず、地元話について行けなかった
その為スタジアムの中では「ウルトラっぽかった」が、一歩外に出れば「よそ者」だった

グラブが様々なタイトルを取って行く中、不満と苦痛が増すばかりで
苦痛のあまり一度逃げたらあっと言う間に居場所がなくなり、戻れなくなった。


もしもサポーターに定義が有るとしたら、ゴール裏で激しく応援する事ではなく、
グラブとクラブの有る街を愛する事。
そしてクラブの為に行動する事じゃないかと、後になって気が付いた

跳び跳ねて応援してる人、座って見てる人、立って写真を撮ってる人、クラブと街を愛してれば、同じ仲間だ
行動は違っても互いを尊重しあえるこれがサポーターなのだろう

選手やグラブ大好きで色々詳しくても街に対し気持ちが無ければそれはファンだろう
熱い応援パフォーマンスを見せても、グラブ対する気持ちが本気じゃ無ければ仲間じゃないよな

RENOFAは間違いなく上に上がり、入場は有料化されるだろう
沢山スタジアムに通う人は安い自由席に入場するが、立って応援する人、座って静かに見る人、スタイルの違う人達が、仲間となり同じ夢を見る。そんなスタジアムの雰囲気作りを手伝う事が出来ればと思う

自分はしばらく山口に帰れそうにないから今は「行動=応援団」になってしまうが、いつか必ずやり遂げる。
そんなサポーターを目指す

クラブと街を愛するサポーターに、俺はなりたい
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